俺は4時15分。

バッキー・イノウエとワイワイナワイモ。

腹が出るのも行きがかりじょう。

腹が出るのも行きがかりじょう。f:id:vackey:20150602225401j:image

 おっさんは腹が出てなあかんということに最近気がついた。気がついたというか腹が出ていた方がいいという仮説を立てて街をウロウロしていたらその仮説が正しかったと思うようになった。
 だいたい中年以上になって腹が出ることのなにがいけないのか。インターネットや家庭の医学や行きつけのお医者さんに行ってそれを調べたり聞いたりすることは簡単だが、俺の場合は地団駄というステップを踏みながら街へ出て考える習性が身についているので今回もそのようにした。
 街をウロウロして見ていると腹が出ている人の足は細く見える。胸板も薄く見える。腹がたっぷり出ているからそう見えて当然なのだろう。下半身がしっかりしていて腹もたっぷりという人もいるにはいるがそれよりも下半身がやや貧弱の人が多い。俺の場合もそうだ。これは腹が重い分だけ腰や膝に負担がかかりよくないとは思う。だからといって腹をへっこます努力をするのはおかしいと思う。それよりも重い腹が乗っても大丈夫なように下半身や腰廻りを鍛えたりする方がいいのではないか。
 なぜならメシと酒がうまいからである。いきなりここで結論が出た。
 朝は朝飯がうまい。炊きたてのごはん、ひやごはん、前の晩のすき焼きの残りやおかずの残り。玉子かけごはんに干物に漬物。パンならたっぷりバターとジャムを塗って牛乳やトマトジュース。朝に近所のパン屋さんへ買いに行くのも楽しいルーティーンだ。
 そしてお昼になったらこれまた腹が減りシアワセ現るキンコンカンだ。今日は昼飯どこにいこかいなと悩むシアワセ。あそこのサービスランチかうどん屋かチョット自転車に乗ってラーメン屋か中華でもいこかいな。久しぶりに弁当持ってきたし社食行って麺類だけ注文して弁当&うどんもええな。現場仕事ならドカベンまたは大型ランチジャーの蓋を開ける時と食べてからトラックや材木の上で昼寝するシアワセよ。そういえば大橋節夫や石原裕次郎が「幸せはここに」を歌っていたな。俺は子供の頃から駄菓子屋でお好み焼き(お好み焼きというのは駄菓子屋にあるものだった)が焼けるのを待ちながらこの歌をよく歌っていた。実に嫌な子供である。
 そして夕方になると今度はノドが乾いてくる。水場に行きたいという、街でしか生きられない生き物の習性というか欲望が出てくる。その水場が自分の家の場合でも街場の場合でもこれまた晩ごはんというシアワセが待っている。俺の場合、家で中華や焼き飯を作るとき眠眠(王辺)から進呈された厨房用の紙の帽子をかぶって中華鍋を振っている。パスタを作る時はイタリアンのコックコートを着る、家族が喜ぶのである。家で食べるインスタントラーメンも格別だし、何でも焼けば酒やビールがいくらでも飲める。
 街に出るとなるとゴキゲンが山のように鬼のように待っていてくれるのだ。しかも宵の口から真夜中の塩と油地獄までゴキゲンが数珠つなぎである。
 朝昼晩、塩と油と炭水化物が待っている。そこにソースやポン酢が控えて、そして酒やワインやビールが正面玄関にいるのだから、これはもう「あかん、あかんて。」なのである。腹が出るぐらいなんだ。それが自然なんだ。必要以上に食っているのかもしれないがそれと腹とは別の話なのである。水場に行けば必ずそうなる。それが正しいと思う。