俺は4時15分。

バッキー・イノウエとワイワイナワイモ。

親父がマイボーイというCDを出した時のライナーノーツ。

私もマイボーイのひとりである。

 私が初めてこの歌を聴いたのは14歳の時だった。たいへんよくませていた私は小学生の頃からシャボン玉ホリデー夜のヒットスタジオの世界に憧れ、映画も大人の雑誌も漫画もプロ野球もプロレスもボクシングもひととおりを見聞きし近所の同級生達に大人の世界のそれをよく語っていた。そして中学生になり、ビートルズの解散から怒濤のような欧米のポップスやロックをラジオから聞きかぶれていたその頃だ。
 親父がレコーディングに行くからお前もついてこいといわれて大阪の放送局について行った時に初めてこの歌を聴いた。たぶん聴く態度はなってなかったと思う。スタジオというだけで目が飛び出るほど興奮していたしそんな世界を見たくて感じたくて仕方がなかったけれど「なんだよ、知ってるよ俺だって」的な態度をとっていたと思う。
 その頃、ハンサムで運動神経も抜群でお洒落で絵も歌も上手い親父に対して、反抗期というよりコンプレックスを感じていた洋楽かぶれの14歳が素直でない態度をしながら親父のレコーディング風景をじっと見て聴いていた。
 その時の「愛を忘れないで 強く生きるのを ママは星から見つめてるだろう」というフレーズを歌う親父の姿が視線が声の質感が今も鮮明に残っている。中学生ながら「愛を忘れないで強く生きる」というフレーズが当時必要だった。
 思えば小学生であっても中学生であってもハタチの頃であっても大人になっても中年になっても「愛を忘れないで強く生きる」というのが命題であり、いつもそれに対しての支えを求めているのだと思う。その支えこそが「ママは星から見つめてるだろう」であり、その美しく力強いフレーズを身体に染み込ませるメロディーなんだと思う。
14歳にして出会えたこの歌はそれから三十年近くずっと心のどこかで流れている、そんな気がする。そして幸運にもその歌は親父によって歌われている。
 確かに私もマイボーイのひとりである。f:id:vackey:20150603210854j:image